![]() | このアイコンで示される枠の中の文章は、プロットよりもやや踏み込んだシナリオの説明をしています。 |
このファイルでは、ゲーム中の各キャラクターに設定されている大まかなプロットを説明しています。
プロットの中でゲームシステムに関連する用語が出てきますので、補足説明します。
![]() | このアイコンで示される枠の中の文章は、プロットよりもやや踏み込んだシナリオの説明をしています。 |
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このアイコンで示される枠の中の文章は、「奇麗な眺め」イベントを過ごした後、松田シナリオ、エミリシナリオで見る「夢」の説明をしています。 これもプロットよりやや踏み込んだ説明をしています。 |
沢之とはゲーム開始当初、主人公と「気が向いたら身体を合わせる」、セックスフレンドのような関係を抱いています。また、主人公とは別に何人かの性的関係を持つ『彼』も存在しています。
それは、一見すると他人と触れ合う事に抵抗を感じない、オープンな性格に見え、また、彼女も表向きにはそういう表情を見せています。
が、実際には彼女は他人と心が触れ合うのに非常な恐怖を抱いています。
彼女が身体を合わせるのは、相手の心が解らない恐怖から来るものがあり、まず精神より身体をあわせるという事項が優先していたからです。
それはある意味自虐的な行為と言えるものでした(彼女が他人に対してそういう行為をし始めたのは、学生時代に受けた性的トラブルに起因するトラウマ的なものが原因です)。
ゲーム内では主人公とエミリの関係を目の当たりにする事で、彼女は自身の行っていた行為に徐々に疑問を覚えるようになっていきます。
松田は遠い未来の世界において、おばあちゃん助手の作業手伝いを行っている少女です。
本来単なる作業手伝いに過ぎなかった彼女ですが、おばあちゃん助手の作業手伝いを行っているうちに、彼女の中に「こんな過去を追い続ける装置になんの意味があるのだろう」という疑問が生まれ始めました。
その疑問は彼女の中で日増しに大きくなり、ついにはおばあちゃん助手の制作した装置をハッキングして「主人公の世界」に入り込むという行為にまで至ってしまいます(彼女は未来の世界ではちょっと名の知れたハッカーです)
主人公の世界に行き、そして主人公に「貴方の肉体は存在しない、これ以上おばあちゃん助手を苦しめないでほしい、消えてほしい」と、はっきり伝えるのがその目的でした。
主人公と会話を進めるうちに、次第に彼女は主人公のポジティブな姿勢に惹かれていく事になります。
それは「主人公の居る [ 世界 ] は確かに過去の思い出に彩られた [ 世界 ] だけれど、主人公という [ 人 ] はその過去の世界の中で [ 現在 ] を生きている」という事実を彼女に認識させる事になりました。
やがて彼女の主人公へ対する意識は、当初抱いていた[消えてほしい]という願いとは全く正反対なものに意識は変化していきます。
が、そうなると今度は主人公が「この町で一番奇麗な眺め」を探さないで欲しいと彼女は願うようになりました(もし、主人公が自己の肉体が存在しないと悟ってしまうと、主人公は世界から消滅してしまうのですから)。
まるで幼稚な子供のように主人公の行動に反対をし始める彼女ですが、その思いとは裏腹に、時計の針は確実に消滅へと時を刻んでいきました。
塩原は主人公と同じアパートに住む大家の娘です。主人公がアパートに引っ越しに言った時の挨拶がキッカケで知り合いました。物語当初、主人公とは兄と妹の様な関係です。
ゲーム開始当初、塩原は西園寺と付き合っていたのですが、西園寺はエミリの方に気を引かれ、塩原をフってしまいます。
エミリは悪くないと分かっていながらも、エミリに当たってしまった彼女はその自身の行為を深く嫌悪します。
自暴自棄になりつつあった彼女の手を掴んだのは、気付かないぐらい近い所に存在していた一人の青年でした。
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そこはなにかの会場の様でした。 塩原の家に入ると、前日までの疲れがよっぽど溜まっていたのでしょうか、そこにはぐっすりと眠っている彼女と、その両親の姿がありました。 ――明らかに寝坊です。 両親をたたき起こし、半べそで塩原は家を出ました。 それはいつかどこかで見た景色に似ていました。 ホテルが見えてきました。入り口では小奇麗なスーツに身を包んだ初老の男性が何度も何度も腕時計を見ています。 夏のとても暑い日でした。 花嫁はブーケを空中に投げました。 ブーケは空中を舞い、そしてまるで導かれたように一人の少女の手の中に収まりました。少女は大きな麦わら帽子をかぶっていました。 二人はその少女の姿をどこかで見たような気がしたのですが、それを思い出す事は出来ませんでした。 |
ゲーム中では殆ど彼女と共に行動する事になります。
また、主人公と二人で「この町で一番奇麗な眺め」イベントを体験すると彼女は精神年齢的に成長し(三段階)、最終的にはほぼ年齢相当の言葉づかいをするようになります(逆にイベントに出会わないと彼女の精神年齢はずっと小学生並みのままです)。
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そこでは、お爺さんが、熱心な口調で何かをおばあさんに説明していました。 お爺さんはそれをかぶり、静かに目を閉じました。そしてゆっくりと頷きます。 おばあさんはお爺さんの元に近づき、その身体を揺らしました。 |
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本屋に行くとエミリが本を買ってほしいと願います。 それほど高い本でもないので気軽に「いいよ」と言った主人公ですが、出してきたのがかなりベタベタな少女マンガだったので少々照れながらレジへ向かいました。 家に帰ってエミリは本を読み始めますが、本を読み終えたところで突然主人公に『キス』を求めてきます。そのマンガは少女マンガにありがちな最後にキスをしてハッピーエンドというモノで、物語にすっかり影響されてしまったエミは、そうすれば自分も「幸せ」になれると思いこんでしまったのです。 仕方なく主人公はエミリにキスを行います。 |
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暫く駅の周りを歩いていると、突然エミリが小さく叫び声を上げました。 何か音みたいなものが聞こえると言いだします。 主人公も『耳』を澄まして聞いてみると、確かにどこからか「からん、からん」と、ベルのような音が聞こえました。 音の元を探してみると、それは駅から少し離れたところにありました。 見ると、麦わら帽子をかぶったお爺さんが一人、屋台を引っ張りながら鐘を鳴らしています。立てかけられている旗には「冷た〜い アイスクリーム」という文字。 アイスクリーム屋のお爺さんは、二人がアイスクリームを買いに来ると嬉しそうに頷きました。人のよさそうなお爺さんです。主人公が興味本位で「儲かっていますか?」と聞くと、お爺さんはゆっくりと首を横に振り「ただの年寄りの懐かしみです」と、少し寂しそうに答えました。 二人はアイスクリームを食べながら家に帰りました。 帰り道、エミリは「あのお爺ちゃん、主人公に似ていたね」と言いました。 主人公は「そうかなあ?」と答えました。 |
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高校へ行くと沢之先生と出会いました。先生は何をするわけでもなく、ぼーっと誰も走っていない校庭を眺めていました。 主人公が声を掛けると、先生は「大サービスよ」と言って二人を屋上に誘いました。エミリは始めてみる学校の中にいちいち感動の声を上げました。 夏休み中とだけあって、校舎の中に生徒は数えるほどしか居ません。生徒も私服で校舎内にいるので、主人公たちの姿が特別目立つ事もありませんでした。 屋上へつくと、心地よい風が身体を包みました。屋上から見る外の眺めは絶景と言えるものでした。 エミリはやっぱり感動してフェンスにかじりつくようにして外の景色を眺めていました。そんなエミの姿を見ながら先生は「私も昔はあのぐらい髪を伸ばしていたのよ」と、少し照れたような笑みを浮かべながら言いました。 「でも、フラれて切っちゃった」と先生は言葉を続けました。主人公は「酷いヤツですね」と言うと、先生は大空を指差して「今はあの辺りにいるかな?」と答えました。 ずっと風景を見ていたエミが先生の指差した方向を見ながら、「今は好きな人がいるの ? 」と聞きました。先生は少し考えた後、「いたけど、またフラれちゃった」と静かに言いました。 帰り際、先生はエミリの髪の毛を撫でながら、「この『髪の毛』は大切にしなさいね」と言いました。 エミリは「はい ! 」と元気に答えました。 エミリを先に下の階に行かせた主人公は、先生と二人きりになりました。 主人公は先生に「ごめんなさい」と謝りました。 先生は空を見ながら「私ももう少しオトコ見る目つけなきゃね」と言いました。 二人は静かに唇を合わせます。そして先生は呟く様に「さようなら」と主人公に言いました。 主人公は頷いて、エミリの元へ帰りました。 その後ろで、先生の姿は霧の様に消えていきました。 まるで「初めからそこに存在していなかった」様に。 |
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初めて見る幻想的な光景にエミリははしゃぎ回りました。 時にリンゴ飴を一口に咥えてしまったり、テキ屋の親父に喧嘩を挑んだりと主人公をはらはらさせますが、それでもまあ、楽しそうです。 数ある露天の中でも、特に彼女の気を引いたのは、三角クジの景品の(いかにも安っぽそうな)指輪でした。 さっそくエミリは何度かチャレンジしてみるのですが、さっぱり当たりません。 主人公も乗り気になって三千円ほど投入してしまうのですが、やっぱり当たりません。 最後には意地でも当てようとする主人公にエミリが止めに入るぐらいでした。仕方なく二人はその場を去りました。 すると、突然後ろから誰かが走ってきて、エミリの肩を叩きます。 それはなんと松田でした。松田は黙ってエミリの『手を触る』と、右指に先程までエミリが欲しがっていた指輪をはめました。 驚くエミリに対して、松田は今まで見せた事も無いようなやさしい微笑みを見せ、また走ってどこかへ行ってしまいました(その後ろをテキ屋の親父が追いかけていたように見えましたが、それは気のせいかもしれません)。 エミリは嬉しそうに指輪を主人公の方へ見せました。 主人公は松田の意外な一面を見て、なんだかとても安心したような気持ちになりました。 |
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一人の小さな女の子が、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいました。 周りには黒い服に身を包んだ大人たちが、忙しそうに動き回っているのですが、誰もその子の相手をしてあげません。 女の子は誰も自分の相手をしてくれない事が分かると、更に泣き声を強くしました。口からは涎が垂れていますし、鼻水も見えます。少し、情けないです。 暫く経つと、女の子の元に一人のおばあちゃんが駆けつける様にやってきました。 手に持ったハンカチで、女の子の涎や鼻水を丁寧に拭いて行きます。そしてぎゅっと抱きしめると、女の子はようやく泣きやみました。 おばあちゃんは女の子の背中をぽんぽん、と叩くと、その場を立ち去ろうとしました……が、女の子はおばあちゃんの足を掴んだまま、それを離そうとしません。 やれやれ困ったわね、といった表情でおばあちゃんは女の子を抱きかかえました。女の子は満足そうに微笑みます。 女の子は、真っ白い花に囲まれた写真を指差して何かをおばあちゃんに問いかけました。 おばあちゃんは目を閉じて、うん、とゆっくり頷きました。 続いて女の子が何かをおばあちゃんに問いかけました。 おばあちゃんは悲しそうな表情で、首を大きく2回、横に振りました。 女の子は不思議そうな表情で、写真の方をじっと眺めていました。 写真の前に置かれた紙には、毛筆で『長沢 宗一郎』とありました。 |
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朝起きてエミリと会話をすると、どうにもなにか引っかかります。 暫く会話をした後、主人公はその正体が何かようやく気がつきました。 それは彼女の「話し方」でした。 エミの話し方は少し前の子供のような喋り方ではなく、明らかに「年相当」と言える、どこか大人びた話し方をしていました。 主人公がそのことをエミリに言うと、エミリも頷きながら「不思議なの――まるで頭の中がどんどんクリアになっているみたい」と答えました。 エミリの様子は気にはなりますが、それだけを気にしていても仕方がありません。 生活用品がなくなりつつあったので、二人は商店街に出て買い物を行いました。 やはり、エミリは変わっていました。 以前なら間違えたようなおつりの計算もすらすら出来てしまいます。その変化は、時に主人公の迷いを増幅しました。一体彼女の身体に、何が起こっているというのでしょう ? 二人は黙って家に帰りました。 主人公が冷蔵庫に買ってきたモノをしまおうとすると、エミリは「それだと効率が悪い、こうすればいい」と、主人公の手からモノをとり、そしてそれをしまおうとします。主人公も「それだと駄目だろう ! 」と反論します。 ちょっとした事なのですが、それが口論になってしまいました。 口論。少し前まではこんな事もありませんでした。口論するにも、エミリの話し方は幼すぎたのですから。彼女は無垢な子供のように、何も知らなかったのですから。 今、明らかにエミリの中の何かが変化していました。 けれど主人公はそれをどうする事もできませんでした。 ただエミリの変わりように驚くだけでした。それを果たして喜んでいいのか、悲しんでよいのか分かりませんでした。 主人公の口がやんだのを見て、エミリは自分の冷蔵庫論の正当性を更に語りはじめました。困惑した主人公は、エミリにあることを口走ってしまいます。 「お前、エミ……だよな ?」と。 その時、エミリも自分の変わりように、あらためて驚きました。 そして何よりも悲しみ、驚いたのは、主人公の自分を見る目が変わりつつあるという事でした。 「わかんないよ……「こうなっちゃってる」んだから」エミはその場に泣き崩れてしまいます。 主人公は自らの考えが間違っていた事に気付きました。 たとえ喋り方が変わっても、エミリはエミリでした。それ以外疑い用がありませんでした。 目の前で主人公の名前を呟きながら泣き崩れている少女は、どう考えても自分が好きな少女でした。 主人公はエミリをぎゅっと抱きしめました。エミリは主人公の顔を見つめて、目をつむりました。二人は気持ちを確かめあうように『キス』をしました。 |
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明日のプールの為に、二人はデパートへ出かけて水着を買うことにしました。 主人公はすぐに自分のつける水着を決定したのですが、エミリはなかなか決まりません。ぱっと見て殆ど同じように見える水着を二つ比べながら、うんうん唸っています。 主人公はこれも彼女が女の子らしくなった結果なのかな、と思い諦めて待つ事にしました。 相当時間がかかりましたが、それでもなんとか水着が決定しました。 二人は帰路につきました。 帰り道、公園で一人佇んでいる塩原の姿を見つけました。主人公は声をかけようとしましたが、エミリがそれを制して彼女の隣に座りました。 塩原は呆然と地面を眺めていました。 足元には踏みつぶされたような跡のある小箱が転がっていて、そこからは時計のベルトらしきものが見えていました。 塩原は「フラれちゃった」と呟くのがやっとでした。 あとは声になりませんでした。それを見たエミリは、彼女の上半身を抱きしめました。塩原はエミリの中に胸を埋めて、泣きはじめました。 エミリは塩原の頭を撫でながらじっと身を貸していました。「声を出していいのよ」と言うと、始め声を押し殺すようにして泣いていた塩原は、わんわん大声を出して泣きはじめました。 主人公は、泣いている塩原とその頭を撫でているエミリの姿を見て、なぜか母親と娘を連想しました。 暫くエミリの胸の中で泣いていた塩原は、やがてエミリの胸の中ですやすやと眠ってしまいました。エミリは覗きこむ主人公に「泣きつかれたみたい」と、答えました。 主人公は塩原を背中におぶってアパートに帰る事にしました。 帰り道、主人公がエミリに「塩原、大丈夫かな ? 」と聞きました。 エミリは「大丈夫よ、この子は強いもの」と言いました。 「なんとなく、そんな気がする」とつけ足して。 塩原を家に送り届けると、二人は自分の部屋にもどりました。 エミリは主人公に自分の着ていた上着を見せました。その丁度胸の辺りには、先程泣いていた塩原の涙が大きなしみとなってまだ残っていました。 エミリは『胸の部分を触り』ながら「これ、消えないかもしれないね」と呟くように言いました。「ずっとずっと先の未来になっても」 |
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二人はプールに出かけました。 始め水着姿を恥ずかしがってなかなか主人公の前に姿を見せたがらなかったエミリでしたが、ひとたび水の中に入るとそんな事はおかまいなしにふざけ始めました。 やがてすっかり遊びつかれて帰ろうとする主人公ですが、エミリはまだ遊びたりないと言って、主人公をゲーセンに誘います。 また今度来ればいい、という主人公に対して、エミリは「今遊ばなきゃ意味がない」と、主人公を連れて行きます。しぶしぶ主人公はゲーセンに向かいました。 エミリのゲームの腕は相当なものでした。始めてやるゲームでもポイントを掴んでみるみるうちに進んで行きます。ギャラリーも増えてきました。 驚きながら画面を見ている主人公に対して、一人の男が話しかけてきました。それはゲームセンター「タイムマシン」の店長でした。 「彼女は君の恋人かい?」店長は、ごく自然に主人公に話しかけてきました。 主人公は躊躇なく答えました。「恋人です」と。 「ただちょっと最近、ワガママが多くて……」と苦笑しながらつけ足しました。 店長は少し黙った後、「君はどうなのかい? ワガママは言わないのかい?」と聞きました。 主人公は少し悩みながら「さあ……どうなのでしょうね」と答えました。 店長は「少しぐらいワガママを言うのが、男の甲斐性ってもんだぜ ! 」と言い、主人公の『尻をバシッと叩き』、接客用のテーブルに戻りました。主人公はなぜかそんな店長の姿をみて、少し懐かしい感覚を覚えました。 その日の夜、主人公はなかなか寝つけないでいました。 エミリの言った「今遊ばなきゃ意味がない」と言う言葉が、傷のある CD の様にぐるぐると頭の中でリピートされていました。 二週間。彼女を預かると約束した時間です。 横をみると、エミリが幸せそうにすやすやと寝息を立てていました。 あと4日。 エミリは、そもそもその登場の仕方も謎だらけでした。記憶も無い、身寄りもない、何も無い少女。けれど主人公の事だけははっきりと知っていました。 「恐らく、自分がここ数日見ている夢は、それになにか関係があるのだろう」それには、確信近い感情を抱いていました。そのぐらいあの夢はリアルで、そしてなにかを予期していると予感させる物でした。 ――そして、今、自分はなにかの「核」に近づきつつある。 その結果は、必ずしも良いものでは無いのかもしれない。そう思うと、主人公はだんだん寝るのが恐くなってきました。 けれど、眠気はその意思とは反対に、じわじわと主人公の頭を侵食していきました。 「どんな悪夢を見たっていい。それが夢なら。それが『夢で済む』のなら」 祈りとも願いとも言えないような感情を抱きながら、主人公は目を閉じました。 |
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そこでは、お爺さんが、熱心な口調で何かをおばあさんに説明していました。 お爺さんはそれをかぶり、静かに目を閉じました。そしてゆっくりと頷きます。 おばあさんはお爺さんの元に近づき、その身体を揺らしました。 |
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一人の小さな女の子が、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいました。 周りには黒い服に身を包んだ大人たちが、忙しそうに動き回っているのですが、誰もその子の相手をしてあげません。 女の子は誰も自分の相手をしてくれない事が分かると、更に泣き声を強くしました。口からは涎が垂れていますし、鼻水も見えます。少し、情けないです。 暫く経つと、女の子の元に一人のおばあちゃんが駆けつける様にやってきました。 手に持ったハンカチで、女の子の涎や鼻水を丁寧に拭いて行きます。そしてぎゅっと抱きしめると、女の子はようやく泣きやみました。 おばあちゃんは女の子の背中をぽんぽん、と叩くと、その場を立ち去ろうとしました……が、女の子はおばあちゃんの足を掴んだまま、それを離そうとしません。 やれやれ困ったわね、といった表情でおばあちゃんは女の子を抱きかかえました。女の子は満足そうに微笑みます。 女の子は、真っ白い花に囲まれた写真を指差して何かをおばあちゃんに問いかけました。 おばあちゃんは目を閉じて、うん、とゆっくり頷きました。 続いて女の子が何かをおばあちゃんに問いかけました。 おばあちゃんは悲しそうな表情で、首を大きく2回、横に振りました。 女の子は不思議そうな表情で、写真の方をじっと眺めていました。 写真の前に置かれた紙には、毛筆で『長沢 宗一郎』とありました。 |
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研究室らしき一室で、一人の少女が両手を机にばんばん当てながら、しきりに何かを叫んでいました。 「――わからないんですっ ! 私には、この研究の意味がっ ! 」 「一体こんなことをして、なんの意味があるんですか !? 」 「結局私『たち』のやってる事って、過去の研究の、その過去をほじくりかえしているだけじゃないですかっ ! 」 「過去があるんなら、それをステップにしていかなきゃ行けないんじゃないですか !? 」 「ステップにして、踏み越えて、乗り越えて行かなきゃ意味がないんじゃないですか ? 」 「こんな研究の意味、私にはわかりません、絶対に分かりません ! 」 「もうあの人の身体はないんです ! 死んだんです ! 『いない』んです ! 」 「こんな研究、なんの意味も無いじゃないですか ! 」 「こんなの ! こんなの……こんなの――あなたが、可哀想すぎます……」 ずっと目を閉じて、少女の話を聞いていたおばあちゃんは、優しく微笑みながら言いました。 「――たぶん、祥子ちゃんの言うとおりなんでしょうね」 |
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真っ暗な部屋の中には、モニター(らしきもの)の光だけが浮かんでいました。
お父さん、お母さんへ。ちょっとした用事ができたので、しばらく留守にします。
私の事は心配しないで下さい。うまくいけば、それはほんのちょっとの留守で済む筈ですから(二週間ぐらいで済むと思います) でも、虎太郎の餌はちゃんと時間通りにあげるようにして下さい。彼は餌をやる時間が少しでも遅れると、その「ふくしゅう」に、寝ている時身体の上に乗っかってツメを立ててきますから。 嘘だと思うなら、一度時間をずらしてみればよくわかると思います。 私はあの跡のおかげで、暫くお風呂に入れなかったぐらいです。 それで、ここからが重要なんですけれど、虎太郎の好きな餌は…… 〜(そのあと延々と記述が続くので略)〜 私がなんでそんな事をするのかといえば、それはちょっとした「復讐」です。 聞き分けのない子供が、周りの人に迷惑を掛けた、その子への復讐、です。 そんな前時代的とお父さんは思うでしょう。お母さんは卒倒してしまうかもしれません。お母さん、大丈夫でしょうか ? でも、私は本気なんです。ずっと、小さい時からずっと、私は思っていました。 「ずっとあの人を苦しめている彼に、いつか絶対モノを言ってやる」と。 で、もし私が暫く帰って来れなかった時は。その時は、お父さんお母さんごめんなさい。 えっと、 |
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主人公は辺りを探しまわります。 昨日見た夢が頭の中にちらつきました。でも、それが真実か否かはあとで考える事にしました。とにかく今はエミリを探す事が先決です。 商店街、駅、ゲーセン、市民プール、山、神社、高校、デパート、本屋。 思い当たる箇所全てを回って探してみますが、やはりエミリの姿は見つかりませんでした。 既に辺りは暗くなりかけていました。夢の内容が、また、ちらつきました。 ( あんな非科学的な事は信じないし、信じ「たくない」けれど―― ) 今、エミリの場所が分かるかもしれない、唯一の相手の所へ主人公は向かいます。 「松田」の部屋へ。 主人公は、松田の部屋を乱暴にノックしました。 松田は何事か、と思ってドアを開けますが、それが主人公だと分かるとすぐにまたドアを閉めてしまいます。 「エミリが……居ないんだ」主人公は、扉の向こうへ向かって語りかけました。 「朝からずっと探してたけど、見つからなくて――」「…………」ドアの向こうに気配は感じるのですが、松田は扉を開けようとはしませんでした。 主人公は言葉を続けます。 それは今朝見た夢の話でした。夢のはずなのに、いやに鮮明な夢の話でした。 その全てを語りおえた時、松田の家の扉が開かれました。 松田は「入って」と短く一言、言いました。 松田の部屋の中はひどく殺風景な部屋でした。ぬいぐるみもポスターもなく、ただ部屋の中央に小さなガラスのテーブルと、ノートパソコンらしきものがあるだけです。 部屋の角にはゴミ袋と手さげのバッグが居心地悪そうに置かれていました。 松田は外を眺めながら、自分がこの世界に来た理由、そしてエミリの役割について主人公に語りました。 ――私はあなたという「存在」がおばあちゃんを苦しめているのを見てられなかった、そしてあなたに「復讐」する為にここに来たのだ。 そしてエミリという存在は、おばあちゃんが「あなたに出会いたいがだけに」産み出された存在で、その目的は「あなたと出会った時点」で既に完結していたのだ――と。 その話はあまりにも突飛で、信じられない話でした。けれど、「信じない」にはあまりにも条件が揃っていすぎました。 自分の見る夢、エミリの行動、松田の行動、そしてエミリの消滅――。 主人公はエミリの精神的な成長について聞きました。「ここ数日の、彼女の急激な変化も何かそれに関係があるのか ? 」松田は少し目を伏せて、はっきりした事は私にも言えないけど、と前置きをおいて答えました。 ――たぶん彼女はああやって自己を成長させる事で、あなたと過ごす時間を一日でも長く感じたかったのではないか。小さい頃の自分、子供から大人にかわりつつある自分、そしてもうじき大人になる自分、あなたの存在が近くなればなるほど、全てをあなたと共有したかったのではないか―― 分かった、と主人公は返事をしました。 そして「エミリはもう消えてしまったのか ? 」と聞きました。松田は少し間を置いた後、「わからない」とだけ答えました。 主人公は「ありがとう」と言うと自分の部屋に戻りました。 その日は久しぶりに一人で布団に入りました。 いつもと同じ布団なのに、その布団は主人公にとっていやに広く感じました。 |
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主人公は支度を整えると、外に出かける事にしました。エミリが帰ってきた時の為に、テーブルの上には「暫く外出してきます。食べ物は冷蔵庫の中に入っています」と書き置きを残しておきました。 昨日松田は、エミリがいるかどうかと聞いた時にわからない、と答えました。 事実を知った今、エミリがまだこの世界に残っているというのは、僅かな可能性だという事はわかりました。 けれど今はそれを信じる事しかできませんでした。 たとえ質問に答えた時の松田の表情が、どんなに暗いものであっても。 部屋を出ると、そこにはなんと松田の姿がありました。 松田は「どこに行くの ? 」と聞きました。 主人公は「エミリを探しに行く」と答えました。 松田は「私も行くわ」と言いました。「一人より二人の方が効率がいいでしょう ? 」と。 二人は昨日よりずっと念入りにエミリの姿を探しました。 けれどやはり、エミリの姿は見つかる事がありませんでした。 すっかり辺りが暗くなった頃、二人は主人公の部屋にいました。 もしかしたら、エミリが帰っているかもしれない、そう願いを込めての帰宅でした。 しかし部屋の中に、エミリの姿は、ありませんでした。 主人公は松田に夕ご飯をご馳走しました。 「宗一郎スペシャルだぜ」と言うと、スパゲティの上に目玉焼きを乗せました。 「他にレパートリーは?」と松田が聞くと、主人王は「あとはカップめんと、お湯で暖めるカレーと……」と、レトルト食品の名前を次々と上げていきます。 二人は久しぶりに笑いました。 けれどそんな食事の間にも、ふとした拍子に間が空く事がありました。そして二人は、その間を埋める事ができませんでした。 食事が終わった後、主人公が空を眺めていると、松田が近づき、そして主人公に謝りました。 「私は今まであなたの事を親の仇みたいに思っていた。それはずっと過去を追いかけているだけで進展のない、進歩のない人間だと思っていたから」そして、ゆっくりと首を左右に振りました「けれどそれは違うのが分かった。あなたはこの世界の中でこんなにもあがいている。動いている。好きな子を探している。……生きている」 そして松田は、主人公の頭を胸で抱えるようにして抱き、『主人公の髪を撫でました』。 「さようなら」 松田の姿が、ゆっくりと消えていきます。 「もしかしたら、神様にお願いすれば、エミリはまた姿を現すかもしれない」 松田は驚く主人公に対して、少し微笑みながら言葉を続けました「なんとなく、そんな気がする」 松田は続けます。「また私はカタチを変えて、あなたの前に現れるわ……きっと」 主人公が腕を伸ばして松田の「居た位置」を探りますが、それはまるで空中に浮かぶ雲のようにつかみ所がありませんでした。 松田の姿がどんどん薄れていきます。 その時、松田の声が聞こえたような気がしました。 「ねえ、もしかしたらその時は私達――恋人同士になれるかしら ? 」 そして松田は消えました。 |
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その日、主人公は一日中家に居ました。 外を捜し回るより、家の中に居た方が良いような気がしたからです。 だって、エミリの家は明日まで「ここ」なのですから。 彼女の帰るべき家は、「ここ」なのですから。 |
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部屋の角にはいつかエミリがねだった少女マンガが転がっていました。 主人公はそれをぱらぱらとめくりました。 最後のページが目に止まりました。 それはありがちなハッピーエンドで終わる少女マンガでした。 「誓います」二人はゆっくりと頷いて、そして唇を合わせました。 夏のとても暑い日でした。 大きい扉がゆっくりと開きました。拍手が沸いてきます。 その衣装は太陽の下、キラキラ輝く月の光のような光を纏っていました。 花嫁はブーケを空中に投げました。 ブーケは空中を舞い、そしてまるで導かれたように一人の少女の手の中に収まりました。少女は大きな麦わら帽子をかぶっていました。 その少女は、自分が愛している少女に似ていた様な気がしました。 |
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からん。 どこからかベルの音が聞こえました。主人公は外を見なくても、その相手が誰なのかを想像することができました。 真夏の太陽の光が照りつける中、大きな麦わら帽子をかぶったお爺さんは黙ってその屋台を引き続けていました。額からは汗がふつふつとわき出していました。 お爺さんは言いました。 「ただの年寄りの懐かしみです」と。 からん。 |
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空には大きな入道雲が広がっていました。 あの時、先生は空を指差して言いました。 「今は、あの辺りにいるかな ? 」 主人公にその姿を見つける事ができませんでした。そして、そのかわりになることもできませんでした。 今なら自分の行っていた行為が、間違っていたのだとはっきりと言う事ができます。 (俺はもっと先生を抱きしめるべきだったんだ) (そして先生の髪を、腰まで届くぐらいの長い長い髪を優しく撫でるべきだったのだ)、と。 「ごめんなさい」と主人公は呟きました。 いつの間にか隣に座っていた先生は空を見ながら、やさしく頷きました。 二人は静かに唇を合わせます。 そして主人公は「さようなら」と先生に言いました。 先生も「さようなら」と答えました。 そして先生は静かに、主人公の目の前から消えていきました。 |
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部屋の片隅には、銀色のリングが転がっていました。 主人公はそれを手に取りました。 目を閉じると、あの時の事が浮かんできます。 「へへ、いいでしょ〜、そ〜ちゃん」 「欲しいって言っても、あげないよ〜」「い、いらないぞそんな物 ! 」 「ホントは欲しい癖に〜。ふ〜んだ ! 」 「わわ、キレイ ! 」 「お前、花火見た事なかったのか ? 」 「うん。わ、すごいすごい ! わ ! わ ! わわわぁっ ! 」 「お前、またそれ見てんのか ? 」 「うん。『これ』はね、そ〜ちゃんと松田おね〜さんの、両方の贈り物なの」 「でも、それ実質松田がパクッ――」 ―― ! 「――って、なんで突然キスすんだよお前わぁ ! 」 「そ〜ちゃんはエミの為に頑張ってくれたんだから、その気持ちがこのなかに詰まってるの。すっごく、沢山、いっぱい。」 「……」 「だから、両方の贈り物なんだよ」 「――ん、まあ、とにかく――……大事にしろよ ?」 「うん ! 」 |
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蝉の鳴く声が激しさを増してきました。 何か飲もうかと冷蔵庫を開けると、そこにはジュースが整然と並べられていました。 「だからっ ! このジュースはここに入れた方が冷えるんだってば ! ねぇ ちょっと、そ〜ちゃん聞いてる ? 」 「…………」 「こっちの方が、効率が上がるの ! 」 「…………」 「そ〜ちゃん !? 」 「お、お前、エミ……だよな ? 」 「え、何言ってるの !? そ〜ちゃん」 「お前……本当にエミ……だよ、な。あのさ……」 「な、なに……言ってるの ? や、やめてよ。そうに決まってるじゃない」 「…………」 「ねえ、そ〜ちゃん、私……エミ、だよ ? どうしてそんな事聞くの ? そ〜ちゃん ? 」 「…………」 「ねえ、どうしてそんな事聞くの ? やめてよ、そ〜ちゃん。やめてよ ? やめてよ……」 「…………」 「わか……わかん……ないよ……私、「こうなっちゃってる」んだから」 ひ……ひく……グス……グス……。 「わか……ないよ、そ〜ちゃん。そ〜ちゃ……そ……」 グス……グス……グス……グス……。 「ねえ、そ〜ちゃん、私どうすればいいの ? わかんないよ !? ねえ、どうなってるの ? そ〜ちゃん……ねえ、どうすればいいの ? 私、わかんない、わかんない、わかんないよぉ ! 」 主人公はエミリをぎゅっと抱きしめました。 「ゴメン。俺が間違ってた。バカだった。エミは……」 エミリは主人公の顔を見つめて、目をつむりました。二人は気持ちを確かめあうように唇を合わせました。 「エミは……エミだよ」 |
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コンコン ! ノックの音が聞こえます。「そーいちろー ? 」 「空いてるよ。鍵は掛かってない」 「そーいちろー。……入るよ」 塩原はちょこんと主人公の隣に座りました。 「エミリ……居なくなったんだって ? 」 「ああ」「……」 「きっと……帰って来るよ」「ああ」 「……」 「お前は、もう大丈夫なのか ? 」 「もう全然オッケー ! そりゃもうエミリのおかげ……あ……」 「いいよ。気にしなくて。続けて ? 」 「――うん。いっぱいエミリの胸で泣いたから、かな。すっきりした。今はもう、なんであんな風に執着してたのかなって、わかんないぐらい」 「そっか……そっか。良かったな」 「うん」 「じゃ、あたしそろそろ用事あるから、行くわ」 「また補習授業か ? 」 「うん……って、だから違うって ! 部活 ! 」 「がーんばーれよー ! 」 「……そーいちろー ? 」 「ん ? 」 「エミリ……帰って来るよな ? 」 「……来るさ。鍵は掛かってない」 そして扉は静かに閉じられました。 |
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部屋が暑くなってきたので、エアコンの温度を一度下げました。 外を見ると、子供たちが元気に遊んでいます。 「エミ……お前無茶苦茶ゲーム上手いんだなあ」 「そ、そ〜ちゃん。な、なんか、止まらないんだけど……」 「まあ、ギャラリーもいっぱい居るし……とりあえず頑張れ ! 」 「彼女は……君の恋人かい ? 」「ええ」 「お〜ォ ! いいねェ、こりゃまた美人の恋人さんだ」 「でも、ちょっとワガママが多くて……」 「ワガママ ? 君はワガママを言わないのかい ? 」 「ワガママ? 俺は……わかりませんね」 「少しぐらいワガママを言うのが、男の甲斐性ってもんだぜ ! 」 「――かいしょう、ですか」 不思議な店長でした。 主人公はあの店長に会うと、どこか照れるような、依存してしてしまうかのような、そんな妙な感覚にとらわれていました。 もしかしたら。 あの人には幼い頃に感じた、父の姿を重ねていたのかもしれません。 |
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窓を見ると、少し季節を先取りしたトンボが止まっていました。 トンボは何かをそこで待つかのように、羽を休めてそこに留まっていました。 「あなたはこの世界の中でこんなにもあがいている。動いている。好きな子を探している。……生きている」 不器用な生き方をしていた少女は、その言葉を自らに噛み締めるように言ったのでした。 主人公は口に出してその言葉を言ってみました。 「俺はこの世界であがいている」 「俺は動いている」 「俺は好きな子を探している」 「俺は生きている」 「――エミリも、生きている」 「……そうだろう ? 松田 ? 」 その質問に答える相手は、この世界にいませんでした。 そろそろ辺りがオレンジ色に包まれてきました。 遠くでカラスが鳴いているのが聞こえます。 いつの間にかトンボは、どこかへ飛び立っていったみたいでした。 |
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目の前のものが、だんだん白くかすんでいきました。 これか世界から消えるということなのか ? と主人公は思いました。 周りのものがぐにゃりとひしゃげ、そしてそのカタチを変えていきます。 主人公は静かに目を閉じました。 光に包まれる中、主人公はひどく懐かしい声を聞いたような気がしました。その声は、いつか自分が妻として愛した人の声に似ている様に思えました。 声は言います。「二週間、ありがとう」、と。 主人公は「ずいぶんと長い二週間を過ごしていた様な気がする」、と答えました。 「本当にご苦労様でした――」声はだんだん主人公の元から、遠ざかっていくようでした。 「待って ! 」主人公は『彼女』を呼び止めました。 「まだ、『お礼』を貰っていない」 「お礼 ? ――」 主人公は続けました。「書いてあっただろ ? 手紙に。 『お礼は二週間後にお支払いします』 って。俺はワガママだから、ずいぶんと高くつくぜ」 「――どのくらい ?」 「お金で買えないぐらいのものを頼むかもしれない」 暫く間が空いた後、声は言いました。 「あなたは、昔からワガママですから」 主人公は頷きました。 「少しぐらいのワガママは、男の甲斐性です」 心地よい風が、全身を包みました。 それはまるで、自分がこの世界に生まれる少し前に居た場所に似ているような気がしました。 『彼女』は言いました。 「この世界は私が責任を持って護るから、あなたはこの世界で生きなさい」、と。 主人公は「ありがとう」と言うと静かに目を閉じました。 そして、意識が途切れました。 |
ドンドンドンッ! ドンドン! ドン! ドンドンドン!
主人公は乱暴なノックの音で、目を覚ましました。
その音はあいかわらず安っぽいホラー映画を連想させました。
後ろに殺人鬼が迫っている中、キャンプ場の森の奥深くに見つけた洋館のドアを必死にノックする時みたいな音でした。
ドンドンッ! ドンドン! ドン! ドン! ドン!ドン!ドン!ドン!
主人公は目を閉じると、大きく息を吸い込み、そしてゆっくりとそれをはきだしました。
立ち上がり、玄関の扉に向かいました。
ドアのノブに手をかけました。のぞき窓から相手を確認する必要はありませんでした。
主人公はその扉の向こうに居る相手を想像する事ができました。
ドアを開けました。
その大きな麦わら帽子をかぶっている少女は、主人公の顔を見るなり抱きついてきました。
「そ〜ちゃんっ ! そ〜ちゃんっ ! そ〜ちゃん…… ! 」
主人公は両手で彼女を抱きしめると、麦わら帽子をかぶり、少女の頭を撫でました。
そして言いました。
「おかえり、エミ」
「おかえり ? 」
「おかえりって言われた時はね、『ただいま』って答えるんだよ」
少女は主人公の顔を見つめ、腕で涙をぐい、と拭きました。
「ただいま、そ〜ちゃん」
主人公はポケットに入れていたリングを取りだすと、彼女の左手を手に取り、それをくすり指にはめました。
「なんかこれ……すごくきれいだね」と言うエミリに対して、主人公は優しく微笑みました。
「たいせつな、もの ? 」「うん、そうだよ」頷きます。
少女はにこやかに微笑みながら「ありがとう」と言いました。
主人公は少女の肩を手に持ち、少女にキスをしました。
少女は目を開いたまま、それに身体をまかしていました。
不器用なキスでした。
けれど、焦る必要はありません。
キスの練習をする時間は、まだまだ沢山あるのですから。
二週間かけても、一ヶ月かけても、一生かけても、時間は沢山あるのですから。
そう、この物語もまた、キスをしてハッピーエンドの物語でした。